第10回 金成 希さん 

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翻訳家・金成 希(かなり のぞむ)さん 

建築、美術、音楽、恐竜、野生動物などさまざまなジャンルの翻訳で活躍中。主な訳書に『ジュニアイラスト英語辞典』(日東書院)、『僕はベーコン』(パイインターナショナル)など。

 金成 希さんは、とにかく博識。そして多趣味な方です。歌舞伎、バレエ、落語、俳句、演劇、映画、美術、建築など、いろいろなことを深いところまでご存じで、金成さんご自身が“百科事典”のよう。いわゆる“網羅系”のプロジェクトでは、とても頼りになる存在です。

  ■インタビュー:佐藤千賀子(さとう ちかこ) ■テキスト:川上 洋子(かわかみ ようこ)

「博物図鑑・百科事典の達人」

佐藤  以前、翻訳者のグループで歌舞伎見物に行ったとき、金成さんが歌舞伎の歴史から役者の屋号までわかりやすく解説してくださって、みなさん「うわーっ、初めて観ても、よくわかる」と感激していました。とにかく、いろいろなものを深めていきたい性格?
金成  たぶん話している相手を「喜ばせたい」という気持ちがあるんですね。その人が興味を持っている分野のことを自分でも調べてみて、次に会ったときにその話をすると、喜ばれるわけです。その繰り返しで、だんだんだんだん詳しくなって。
佐藤  どんなこともこういう風に深めているんだろうな…今は知らないことでも、投げれば絶対に調べてくれるだろうな…と思えるので、博物図鑑や百科事典の仕事があると、まず金成さんが頭に浮かぶんです。
金成  改めて表紙を並べてみると、めちゃめちゃというか、片っ端からやっている感じがしますね。
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佐藤  最初にお願いした大きな仕事は『世界の紙飛行機』(ジェフリー・ルツキー著/武田ランダムハウスジャパン)でしたね。
金成  実際に紙飛行機を作る本なので、自分で紙を切って、折って、飛ばして、「あ、こうやって飛ばすものなんだ」って確認しながら、訳して。
佐藤  それでもなかなか伝わりにくいところもあり、編集者から赤が入ったりして、結構難しかったですよね。『世界のビール図鑑』(ネコ・パブリッシング)は、どこを担当されたんでしたっけ。
金成  私は世界編…つまり5大ビール(アメリカ、イギリス、ドイツ、チェコ、ベルギー)をのぞく、残りの世界です。
佐藤  また難しいほう…あまり資料がないような。
金成  そうなんですよ。まず何に苦労したかというと、固有名詞などが、その国の読み方しかわからない。その国でしか出回っていない銘柄を「カナでどう表記するか?」と悩むところからスタートするんですね。そういうビールに詳しい人のブログや、スウェーデン語やデンマーク語の発音ルールをまとめている人のブログを突き合わせて、「この辺で合わせていきましょう」という感じでまとめました。おかしかったのは、この本によると、日本の4大ビールはキリン、アサヒ、サッポロ、サントリーじゃないんですよ。なぜか、サントリーの代わりにオリオンが入っている(笑)。
佐藤  イギリス人から見た世界ビール図鑑…として読めば、そういうところもまた楽しいと思うんです。『クラシック作曲家大全』(日東書院)は、10人ぐらいで分けたのですが、これまた、いちばん大変な現代音楽の章を金成さんが受け持ってくださったので、まとめ役の松村(哲哉)さんも安心なさっていました。

金成

 松村さんお薦めの『ナクソス・ミュージック・ライブラリー』という音楽配信サイトがあって、曲の解説も入るので、聴きながら「ああ、そういうことなのね」と納得しながら。

佐藤  クラシックですから、1曲を聴くにも時間がかかって大変なんですけど、聴きながら訳したという人の訳文は、やはりよかったんですよね。全然興味を持てずに、ただ英語にだけ取り組むのとは、明らかに違うと思います。
金成  私は、もともと深い専門というものがないので、とにかくいろいろ調べるツテがないと、まったく仕事にならないんです。インターネットがない時代だったら、今、この場に、私、絶対いないはずだと思うんですね。最近は、著者がどこかで語っている動画が見られたり、しゃべらないまでも写真が載っていたりするので、「どういう文体が合うだろうか」を考える手がかりにもなるんですね。この人は「だ、である」で話す人、この人は「です、ます」でしゃべるはずという風に、画像を参考に書き分けるようにしています。
佐藤  2014年7月に完成した『ジュニアイラスト英語辞典』(日東書院)は、250ページの大型本を全部訳していただきました。
金成  これ、日本版は「英語辞典」なんですけど、よくよく考えたら、原書はイギリスの「国語辞典」なんですね。国語だから、子どもにとって「今は知らなくてよいけれど、いつかどこかで出合うような言葉」が入っていたりするんですよ。イスラム教やキリスト教に関しては、かなり細かい単語を出しているし。
佐藤  そう、ある程度英語が読める人には原書のままでも面白い本なので、それを文化の違う日本で、しかも子ども向けに訳すというご苦労があったと思うんですが。
金成  これは、とにかく「責任重大である」ということですね。この辞典を最初に見て、このとおり覚えてしまう子もいるわけですから。ただし、ひとつの言葉を覚えてもらいたいがために、全体に読みにくい訳文になってしまうのはどうなのかな…という気持ちもありました。自分が昔使った辞典でも、「この言葉を使うために無理矢理作りました」という感じの、変な例文が気になったりしたので。
佐藤  辞典の場合、「例文の訳でも、言葉をそのまま生かしたほうが、学習になる」という考え方と、「翻訳するという観点で、日本語として読みやすい例文にするほうがよい」という考え方と、ふたとおりあると思うんですね。その点を、監修者のアレン玉井光江先生に相談したら、「例文がスムーズに読める日本語になっていて、とてもいい」と、訳をほめてくださったんです。そちらのほうが重要だと監修者が認めてくれたことが、とても助けになった…という思い出があります。
金成  あとは、イラストにスペースをとられているので、できるだけ長さを詰めていく必要がありました。たとえば、代名詞を全部入れていたら、もう物理的におさまらない。そのうえルビも入り、発音も入ると、原書よりもスペースがきつくなるはずですから、とにかく見出し語の説明だけに話をしぼるようにしました。
佐藤  図鑑ものに慣れていらっしゃるからか、訳の段階で文字数のことも考えてくれているなあ〜と思いました。最後に、今日ぜひとも質問したかったのが、「趣味は仕事を助けるか?」ということなんです。たとえば金成さんは、バレエを鑑賞するだけでなく、ご自身で習って踊られるし、あとは句会にもよく出ているでしょう?
金成  バレエは週3〜4回教室に通っています。句会はだいたい月に1回なのですが、それが3か所あります。
佐藤  メールの中にいつもさらっと俳句を入れてくださるのが、かっこいいんですよ。俳句を詠むことも、日本語を紡ぎ出すのに役立っています?
金成  ちょっと専門的な話になりますが、俳句はひとつのテーマで10個か20個ぐらい作るんです。季語を差し替えたり、語順を入れ替えたり、別の言葉を持ってきたりという作業をするんですけど、それが結構、翻訳に似ているところがあるんですよ。
佐藤  今後は、ご自分の趣味と重なる原書の持ち込みをなんとか実現させたいところですね。
金成  私は「本好き」からスタートして翻訳家になったのですが、世の中の人が読んでいる本というのはよくわからないんです。自分が読みたい本だけを読んで、そのまま翻訳家になったから、世の中でどんなものが売れているかはあまり興味がないんですね。ではどうするか?というと、単にみんなが読むような本を探すのではなく、ちょっと、ずらしてみるんです。たとえば、バレエに関する本を訳したいんだけど、バレエという素材にもうひとつ、世の中が今注目しているテーマをからめたらどうかな?という視点で探すんです。それにぴったりの本があったので、思いきり飛びついて、提案していたんですが、なかなか難しいですね。
インタビューを終えて
 前述の松村さんも、このインタビューの1回目では「音楽書の持ち込みがうまくいかない」と仰っていたのが、数年後に「クラシック音楽書の翻訳家」として再登場してくださったので、金成さんもいつか「バレエ本の大家」としてお迎えできるのを楽しみに、私もがんばって出版社に働きかけていきます。
佐藤千賀子
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