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『機械のしくみがわかる本 動物園大脱走』

   
翻訳家 小寺 敦子   

 作者、デビッド・マコーレイは、『カテドラル』や『キャッスル』など、歴史的建造物の成り立ちを精密なイラストと的確な文章で綴った絵本が有名ですが、彼の本作りの魅力は、低年齢向きのしかけ絵本でもじゅうぶん味わうことができます。

 メインとなるストーリーは、動物園で暮らすハネジネズミとナマケモノが、囲いの中にころがっていたがらくたを使い脱走を企てる、というもの。機械の動力となるてこ、くさび、斜面、輪軸、ねじ、滑車の原理を生かして密造した道具が、彼らの脱走ツールです。歯車を組みあわせた穴掘り機を作って地面を掘ったり、ねじの原理で上昇飛行する乗り物を考えだしたり。主人公たちの試作と失敗を通し、動力のしくみを学べるようになっています。

 科学絵本は、伝えたい科学知識をいかにわかりやすく解説しながら、楽しく読ませるかというところに工夫を要しますが、マコーレイのこの作品は、ストーリーにまず引きこまれます。敏捷なちびネズミのハネジくんと、のっそりしたナマケモノのモノくん、対照的な2ひきのキャラクターのおかげでしょうか。ハネジくんは、囲いから逃げだすアイディアを次々思いつき、新しい道具を試す行動派。そんなハネジくんを昼寝をしながら見守り、必要とあらば手伝うモノくん。たび重なる失敗にもめげず、考え続けるハネジくんのペースに、訳者もいつしかのせられて……。

 物理のくわしい説明も、2ひきの脱出がかかっているとなれば頭に入るというもの。なになに、てこの原理でシーソーを使い囲いから飛びだす? 彼らの計画が試せるように、この絵本にはシーソー板とハネジくん、モノくんの紙人形もついているのです。さっそく、訳者もやってみました。ツメを差しこみ、動物園の塀を立ちあげます。塀から遠い側のシーソー板にハネジくんたちを座らせ、塀に近いほうの板のはじをたたくと、2ひきはジャーンプ!……あらら、うまくいきません。シーソー板に落とすタイヤの代わりに、板をたたくのですが、力が足りないのでしょうか。

 翻訳そっちのけで、しばし熱中しました。ハネジくんたちがずり落ちないよう厚紙で背もたれを作り、指で押さえなくてもすむようにしました。飛距離を出すには、もっと高いところからタイヤを落とす、またはより重いタイヤを落とす、つまりもっと強くたたけばいいのでは? 2ひきの座る位置を支点から離してみては? さんざん試したこの原理を数式にすると、次のようになるのだそう。

 

(これは、機械屋を自称する夫に書いてもらいました。この絵本、きみにぴったりだね、と言われながら)

 

 何やら難しそうな式ですが、シーソー板を何十回となくたたいた者には、ハネジくんたちを塀の外に送りだすにはどうしたらいいか、実感としてわかります。こういう手ごたえをもつことの、なんと爽快なことか。読者をそうした境地へいざなうところに、この絵本の魅力があるのでしょう。子どもに限らず、誰もが持つ「知りたい」心をくすぐられる快感。物理を勉強するなら、この本でしたかった! いやいや、今からでも遅くない、そう思わせてくれる絵本でありました。

 本コラムのタイトルは「自訳自解」。拙さを棚に上げ、なぜ翻訳を? の『言い訳』をさせていただくなら……本の世界観にどっぷりとつかり、原作者の思いの漂う近くまで泳いでいって、何かをすくい取ってくる、その楽しさにつきるのではないかと思います。これからも、少しでも近づき、少しでも多く持ち帰れますように。『自戒』をこめて。

 

 

 






「自訳自解」とは
分が詠んだ俳分で釈する「自句自解」になぞらえた言葉で、俳人でもある翻訳家・金成希氏による造語。翻訳家が分の書・文・語について分で説する、の意。