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第7回 上原裕美子さん と 久保尚子さん「企業にも消費者にも役立つ「エコ経営」の本」
 

翻訳家(右から)

上原裕美子さん(うえはら ゆみこ)さん
久保尚子さん(くぼ なおこ)さん

上原さん(右)にとって5冊目の訳書。翻訳協力の久保さん(左)が持つ原書は、さすが“アメリカン・サイズ”です。

『エコがお金を生む経営』

ゲイリー・ハーシュバーグ 著
上原裕美子 訳 
PHP研究所 発行


『エコがお金を生む経営』(PHP研究所 刊)は、「環境保護と企業利益は両立できる」という理念を実践する米オーガニック・ヨーグルトメーカーのCEOが書いた渾身のノンフィクション。「洋書の森(註)」でその原書を見つけた上原裕美子さんにとっても、企画・編集をお手伝いした私にとっても、感慨深い1冊です。翻訳に少なからぬ貢献をした久保尚子さんもお招きし、日本語版誕生までのエピソードを語り合いました。

(註)洋書の森:財団法人日本出版クラブが翻訳出版支援のため東京都新宿区に常設するライブラリー。
        出版未契約の新刊洋書を展示し、翻訳出版関係者に無償で貸し出している。

■インタビュー:佐藤千賀子(さとう ちかこ)

 


 その他のインタビュー

 

 インタビュー

佐藤  上原さんは、原書を洋書の森で見つけたとき、すぐにピンときたんですか?
上原  大きなヨーグルトが描かれた表紙のインパクトもありますが、タイトルや、そで(表紙の折り返し)を読んだ時点で、「あ、これは行けるな」という確信がありました。私はマーケティングや広告関連の記事の翻訳もしているのですが、ここ1、2年、一般消費財からエネルギーまで、どの業界でも「エコと儲けをどう両立するか」という話題がすごく多かったんです。それは「いいことだけ言ってもお金にならない」という論調だったり、「もうNPOでやるしかない」という論調だったり。でも、消費者を刺激するためにもエコを打ち出さなくてはいけないし、ウォルマートなどが力を入れているので、「もう企業はエコなしにやっていけない」という論調になりつつあるのを感じていました。だから、これは確実に「需要がある本」だな、と。
佐藤  読者ターゲットはやはりビジネスマンという感じでした?
上原  FortuneやBusinessWeekの記事が取り上げるような内容ですから、ビジネス系の雑誌を読む人に受けるなあとは思いました。
佐藤  まず原書の力があるし、タイミングもあるけれど、上原さんが実務翻訳を通じて培ってきた勘のようなものが大きかったですねえ。
上原  その少し前に佐藤さんから「企画があったら預けてください」と言われたのが頭に残っていたので、それも本当にいいタイミングでした。私のコネがある範囲では、この本の企画に合う出版社が特に思い浮かばなかったんですね。それほど時事性が強い本ではないのですが、持ち込みにそんなに時間をかけてもいられないので、私1人で動くよりお預けするほうが効率いいかなと思ったんです。
佐藤  企画書がとても良くまとまっていたので、私も動きやすかったんです。PHPさんには、最初「翻訳ものの企画はなかなか通りにくい」という風に言われていたので、数カ月後に「やることになりました」というご連絡をいただいたときは、もう本当にうれしかったですね。
上原 「これは日本でも出すべきです」と自信を持って勧められる本だったから、安心してお任せできたというところもあります。逆に私自身が「いいと思うんですけどネ……」という感じでは、預けにくいのですけど。
佐藤  編集していると同じ文章を何度も何度も読むので、普通は飽きるんですけど、本書は全然それがなかったですね。毎回同じところで「そうだそうだ」と感銘を受けたし、DTPを担当した者も「すごくいい本に携わった」と言っていました。翻訳を手伝われた久保さんは、いかがですか?
久保  私も、この本には勇気づけられました。実は以前、翻訳とは別の仕事で中小製造業の品質問題に関わったことがあるのですが、この本を読んで、その時のことを思い出しました。これまでも「品質、品質」と言われてきたわけですが、今後はそこにエコ関連の要求も加わるんだろうなと。大企業のエコ対策をレポート形式で紹介する本は多いのですが、「これからどうしよう?」という段階の中小企業にとって、ヒントや励みになってくれる本は少ないように感じていました。その意味で、この本は出合うべき読者と出合ったときに「見つけた!」と思ってもらえる本だと思います。
上原  大企業の例ばかりではなく、もっと小さな、個人オーナーが頑張っている話も面白いので。
久保  案外、エコの問題は、技術の継承という話にもつながっているような気がします。現場の作業手順を文書化する努力が続けられているわけですが、ベテランの動きには、文書に落とし込めていないノウハウがたくさんあって、詳しく話を聞いてみると、「エコが騒がれる前から、昔の職人さんのやり方はエコだったんだなあ」と感じることも多いんです。でも文書で残そうとすると、その部分がうまく伝わらない。エコを語るとき、そういう、もっと泥臭いテーマにも目を向けていきたいですね。
上原  付け足しの戦略ではなく、経営の根っこの部分にしっかり入り込むのでなければ、長続きしないですよね。エコ対策が技術や生産の領域に最初から組み込まれるようにならないと、意味がないと思うんです。そしてエコに取り組むことが誰かの損になるようでは、いけないんですよね。環境にとっても、消費者にとっても、企業にとっても、真の利益を伴わなければ、経済として循環しないと思います。広告的効果だけでは続かないはずなので。
久保  エコを謳うことがマーケティング戦略のためであったり、単なるイベントにされてしまうのは寂しいですね。
上原  英語の記事などを読んでいると、"go green"とか"be green"という表現が目立つのですが、「地球に優しい」も「身体に優しい」もひっくるめて、何となく良さそうなことを全部「グリーン」と言ってしまっている傾向があります。日本語で言う「グリーン」や「環境に良い」も、実は曖昧で矛盾があったりしますよね。「ナチュラル」や「オーガニック」も、厳密な定義とは異なるところで言葉が先走りしている節があります。本書はそのへんをはっきりと語っていますし、経営論だけではなく「賢い消費の選択を」という視点もあるので、個人の消費者にも役立つ本だと思っています。
佐藤  原書の素晴らしさがわかったところで、翻訳の共同作業にまつわるお話をお聞きしましょう。出版のゴーサインが出たとき、上原さんが久保さんに翻訳協力をお願いしたのは、どういうお考えでのことだったんですか?
上原  時間的には余裕があったのですが、本書はちょっと著者の声が強い本なので、アクの強い文章に引きずられず、こちらへ引き寄せるために、もう1組、目がほしい――理系の目がほしいと思ったんです。本当に優秀な人との共同作業であれば、いい相乗効果が出るのではないかと、以前から思うことがあったんですね。久保さんは理系出身で、チェックの目を持っているし、どんな文章を書く人かも知っていたので、彼女ならこの本にぴったり来るだろうと。
久保  この本の存在を知らされる前、上原さんから何かこう意味深なメールが来ていたんですよ。「ひょっとしたら何かあるかも」みたいな、変な匂わせ方をするんですよねえ。
上原  うまいこと頼めたからよかったのですが、彼女が空いていなければ、あえて他の人を探そうとは思わなかったです。
久保  ありがたいお言葉です。実際に頼まれたときには、メールで「単に『下訳やって』とか、そういうことじゃないから」と言われて、緊張もしましたが、嬉しかったです。
上原  私の仕事を切り分けて手伝ってもらうのではなく、もっとコミットする形で参加してもらうほうが、この本は良くなると思ったんです。
佐藤  でも、翻訳の共同作業は、よほど信頼関係がないと、どこまで踏み込んでいいものか悩ましいところですよね。
久保  ただ、上原さんとは同じ師匠(談話室第4回のゲスト、夏目大さん)の勉強会でご一緒していまして、私は一番下っ端なのですが、「自分の訳は棚に上げて、どんどん発言するように」と上原さんが引っ張ってくれるので、思ったことを言う練習ができていたんですね。的外れなことでもぶつけると、「それは違う」と理由つきで説明してくれる方なので、ここは思い切って胸をお借りしようと。
上原  単に翻訳の分担をすることは、実はそれほど重要ではなくて、1章ずつ訳してきたものを1冊の本にまとめ上げていく過程のほうが大事なんです。その作業を一緒にできる相手というのは、貴重な存在なんですね。指摘し合って、直し合える――それができれば共同作業には意味があると思います。そうでなければ、それこそ1人でやったほうがいい場合が多いです。久保さんは食いついてきてくれるとわかっていたし、逆に一筋縄では行かない人なので、やりやすいって言うか……まあ、やりやすくはないか(笑)。
久保  ごめんなさい(笑)。でも、最初の原稿を出した頃は、最終的に上原さんがまとめるのだから「直しやすい訳文にしよう」という意識が働いていたんですね。ところが「そうではなく、もっと自由に」と言われて、そこから本当に胸をお借りする感じで「ここまではいいですか?」「これは駄目ですか?」と冒険できるようになりました。確かにその前と後とでは、全然コミット度合いが違います。
上原:1冊全部読んでくれているから、細かい部分について「どっちの表現がいいと思う?」という相談もすごく気楽にできるわけですね。本が仕上がるまでには当然、佐藤さんや出版社の方の目も入るわけですけれど、自分のサイドにもう1組目があるのは、とても心強かったです。
佐藤  でも、そういう考え方ができる上原さんが「エライな」と思うんですよ。翻訳のお手伝いをする人にも自分の考えやバックグラウンドがあるんですもの。それを発揮できるように、ふさわしい人を選んで仕事を託していこうという姿勢だから、一緒に作業する人もやりやすいのだと思います。
久保  本当に。直接お話してくれることだけでなく、上原さんが訳した文面から伝わってくる教えがたくさんあったんです。英語から日本語にしたときの段落分けなども、意思を持って順番を組み替えていることがわかるし、編集の視線を持って翻訳するということにハッとさせられました。今回、原稿が訳者の手を離れた後どうやって本になっていくかまで見せていただいたので、本屋さんで本を見るときの視点が変わったように思います。勉強し始めた頃のように「文章」だけ見るのではなく、「本」として見るようになりました。
上原  共同作業をして面白かったのは、私1人で訳したのとはおそらく違う文章になったことですね。たとえば、久保さんが訳した部分で割愛した表現を私の訳文のほうに復活させるとか、単なる寄せ集めではない――1足す1が2ではない1冊になったと思います。どの章を誰が訳したのか、きっと読者にはわからない仕上がりになっているはずです。
久保  これはもちろん私の訳文ではないですし、上原さんのいつもの訳文ともまたちょっと違うし、著者が書いたままでもない。だいぶニュートラルな文章に落ち着いたと思います。
上原  いろいろな相乗効果で、この著者のちょっと押しが強すぎる感じが、いい意味で消えましたね。
久保 「こういう文章は、このまま訳すとちょっとくどいよねえ」とか、よくメールで話しましたよね。
佐藤  著者はヨーグルトを作ってきた方で、文章のプロではないのでね。
上原  その個性を完全に消すわけではなく、でも読んでいて鼻につくことがないように、いい感じの離れ具合になったかなと。
佐藤  そういう意味でも、翻訳を勉強している方には、原書と訳書を読み比べていただきたいぐらいだと思います。

 

インタビューを終えて
訳している間は3~4か月どっぷりその本のことばかり考えることになるので、それが苦でない本と出合いたいという上原さん。「これ」という分野に限定せず、いい意味で広く浅く、何でもカバーできる知識とキャパシティを身につけていきたいとのこと。大学院で分子生物学を専攻していた久保さんはサイエンス系分野を中心軸に息の長い翻訳者を目指しています。画期的な共同作業の成功でそれぞれ自信をつけた2人。次の訳書では、どんな飛躍を見せてくれるか、楽しみです。
佐藤千賀子
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