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第4回 夏目 大さん「チーム夏目 会心の1冊
 
翻訳家・夏目大(なつめ だい)さん

技術、科学、スポーツ、音楽と幅広いジャンルで活躍する翻訳家。最新の訳書は、マイケル・ムーア著の『どうするオバマ?失せろブッシュ!』(青志社刊)。

『チャート・図解のすごい技』

ジェラルド・E・ジョーンズ 著
夏目 大 訳
日本実業出版社 発行


『チャート・図解のすごい技』(日本実業出版社 刊)はプレゼンや企画書に頭を悩ますビジネスマン必読のノンフィクション。短い納期の仕事でしたが、夏目 大さん率いる翻訳者グループ――松村哲哉さん・保科京子さん・水原 文さん・花塚 恵さん・久保尚子さん――の絶妙なチームワークで、関係者一同大満足なローカライズができました。
■インタビュー:佐藤千賀子(さとう ちかこ)

 


 その他のインタビュー

 

 インタビュー

佐藤  たくさんいる教え子の中から、この5人を選ばれた基準は?
夏目  それは、本当に“力”だけです。
佐藤  翻訳の力……?
夏目  翻訳力と実務処理能力です。問題にぶつかったとき「どうしましょう?」と聞く前に、自分で調べて、自分で答えを見つけられる人ということ。その答えが間違っていたとしても、それは大した問題じゃないんです。自分の責任で
「こうだ」と訳してくれれば、「そうじゃないよ」って直すことは簡単ですから。間違えるのが嫌で宙に浮かせてしまうのが一番困る。「自分のところでボールを止めるんだ」という気持ちで対処してくれる人でないと。要は、私が横からああだこうだ言わなくていい人、という基準で選びました。
佐藤  期間は1カ月ぐらいでしたね?
夏目  みんなには年末に頼んで1月25日に上げてもらいました。
佐藤  そんな鬼のようなスケジュールでしたので、こちらもチーム夏目の機動力を当てにして、お願いしたわけですが、狙いどおり成功して。
夏目  最初に、頭の中で仮想リーダーを決めておいたんです。水原さんがもともと理科系のことが得意なのと、いつも先回りして動いてくれる人なので、彼に任せれば大丈夫だろうと。そうしたら、私がPDF化した原文をいつのまにかOCR版にして配ってくれたり、原文を全部ざーっと読んで、「ここがおかしい」と全員に知らせてくれたり、本当に期待どおり活躍してくれました。
佐藤  “夏目組”にはいくつかグループがあって、それぞれ頼もしいまとめ役がいらっしゃるんですよね。
夏目  ええ。でも、リーダー1人に頼っちゃうといけないから、彼の話し相手をつくっておこうと思って、まだ新人なんだけど理科系の久保さんを水原さんのパートナー的な位置につけたんです。2人が“つうかあ”で話していたら、ほかの3人も
「これぐらい理解できないと駄目なんだ」と焦って勉強するだろうと。思ったとおり、水原さんが「こんな本がありますよ」って5~6冊参考資料を見つけてくると、みんな早速買ってきて勉強するんです。「なるほど」と思ったら、全員すぐに動くのが素晴らしかったですね。私はメンバー間で情報交換しやすいように専用ブログを立ち上げたぐらいで、あとは勝手に回ってた。それで、安心して1月20日から25日までオーストラリアに旅立ってしまったんです。帰国したときにはみんな終わっていて、逆に私はそれからが忙しかったんですけれど。
佐藤  それは……ある意味、仕方ないのではないかと(笑)。
夏目  実は自分の担当部分が思ったより多かったんです。私は算数ができないんですよ。割り算を間違えちゃって、6人いるのに、なんで私、3分の1もやっているんだ?って(笑)。
佐藤  割り振りから水原さんに仕切っていただいたらよかったのに。でも、比較的みなさんの訳文がそろっていて楽だったそうですね。
夏目  楽でした。直す必要が全然ないわけではないんだけれど、直しやすかった。みんな意識して“直せる訳”にしてくれたのだと思います。ほぼ毎日のように、訳し終わったところを見せ合うやり方をしていたんですよ。申し送り事項も逐一書き込んで、相談しながら進めてくれたのでね。
佐藤  その後、日本向けに編集するため、弊社のほうで原文とはややニュアンスを変えたり、割愛したりしたんですけれど、訳者のみなさんはその仕上がりに「異存がない」と言ってくださったそうで。
夏目  特にイラストがローカライズされていたことに、みんな感激していました。
佐藤  こういう分業のしかたは初めてですか?
夏目  この人数で成功したのは初めてです。随分前に5~6人でやったことがあるんですが、そのときは大変な思いをしました。正直なところ、自分の生徒以外のチームで成功したことがない。
佐藤  苦い経験がありながら、再度試みたのは、やはりメンバーとの信頼関係ができていたから?
夏目  やれそうだからやってみようと。今回は「できない」と思っていたことができて、自分の中で可能性が広がったというか、ほんと楽しかった。まあ、佐藤さんから来たお話なので、うまくいけば「今後もこれで行けるな」という気持ちもあったんですよ。このラインを作りたかった。
佐藤  それはこちらも同じ思いです。出版界全体にとっていいことですよ。
夏目  私の中に、何年か前から野望があるんですね。広いようで狭い世界なので、確実に量をこなせるラインができたら、意外と簡単に席巻できちゃうかな?なんて。せっかく人数がいるのだから、辞書みたいな本とか、ぶ厚い資料的な本とかやりたいですね。「翻訳者を集められそうにない」という理由で宙に浮いている話が結構あると思うんです。あとは、日米同時出版を狙って急いでいるタイトルとかね。
佐藤  ノンフィクションはタイムリーに出さなきゃいけない場合が多いですから。
夏目  実際、ヘンな翻訳もいっぱい出版されているんですけど、今はまだ読者のほうで「翻訳だから仕方ないよね」ってあきらめちゃっているところがあるでしょ? 翻訳という市場ができていないというか、ちゃんとやっている人があまり報われないことがありますしね。でも、こういう本が増えれば「あ、翻訳でもこれだけできるんだ」とわかってもらえるし、逆に「このぐらいのクオリティがないと困る」というコンセンサスができたら、どの出版社も動かざるを得なくなるんじゃないかなと。
佐藤  そんなプロの翻訳者を育てる先生としてのお仕事について、お聞きしたいと思います。翻訳学校では、その名も『夏目式』と題した講座が好評なようで。
夏目  私自身は特に夏目式とは思っていなくて、当たり前のことを言っているつもりなんですけどね。ただ、言葉にするのが難しいことほど言おうとは意識しています。つい「ケース・バイ・ケース」の一言で逃げちゃいそうなこともね。生徒はみんな“いい子たち”だから、「やっぱりケース・バイ・ケースですか?」と言ってくれるんですが、私、そういうときにちょっと負けん気が出るんですね。『いや、そんな言葉で片づけたくない!』って。で、なんとか説明しようとするんです。特別だとしたら、そういうところかな?
佐藤  それこそが“翻訳”だという気がしますね。
夏目  よく「(翻訳は)やっぱり日本語ですか?」と聞かれるけど、「日本語がうまく書けないと駄目です!」みたいな授業をしたって……と思うんですよ。だって「良い翻訳」とはつまり「良い日本語」でしょ? 「良い翻訳をするために良い翻訳をする」と言っているようなもので、それじゃ何も言わないのと一緒じゃないですか。例えば、生徒がよく「さじ加減がわからない」と言います。どのぐらい主語を入れたら自然な日本語になるのか、その加減がわからない。「そこを上手く混ぜなさい」という風に教わったと。でもよく考えたら、混ぜ方がわからない……玉ネギ剥いたらまた玉ネギだったって(笑)。
佐藤  それを先生に聞いてくるというのが、また。
夏目  でも、そう聞いてくれると答えられるわけです。「じゃあ、絶対に主語を入れてはまかりならぬって言われたら、どうする? それで1回書いてみたら、どうしても主語の必要な箇所が見えてくるかもしれないよ」と。それが最終的な答えではないかもしれないけど、ただ漠然と『ここ主語いるかな、いらないかな』って考えているよりは、何か見えてくるものがあるでしょう? 同じように、読点の入れ方に迷うなら、点を一切入れない文章を書いてみればいいんです。正直言って、すぐにさじ加減がわかるとも思えないけど、結局、そうやって本人が力をつけていくしかないですから。「風邪治すのは自分だから」という考え方です。「薬? あるけどね。飲んでも効かないよ。それより、美味しいもの食べて、よく寝て、体力つけなさい」ということ。そういう発想で教えています。
佐藤  対症療法だけでは本当の力がつかないですからね。
夏目  そんな授業でもみんな逃げずについてきてくれます。講師になりたての頃は私も30そこそこでしたから、正しいことを言えばわかってもらえると思っていたんですけど、やはり伝え方も大事なんですね。では、どう伝えたらいいだろう?と悩みましたし、この十何年ずーっと考えてきました。この部分はどう言えば教えられるだろう? なぜ、こう訳したんだろう、俺は?って、毎日訳しながら考えているんです。
佐藤  講師としても翻訳者としても、ちょうどいい年齢になられたのでしょうね。10年前の夏目さんは、ちょっと違う雰囲気の方だったような気がします。
夏目  基本的に今と同じ態度ですから、「新人なのに生意気だ」と思われることはあったようです。ずっと腰は低いつもりですけど、編集者に対しても最初から対等な口をきいていたんです。経験上、それは間違っていなかったと思うので、生徒にも「駆け出しオーラを出すな」と言っています。「駆け出し」と「卵」は禁句!って。
佐藤  プロとして仕事をする以上、関係ないですものね。むしろ自信持ってほしいですよ。
夏目  日本人の美意識からか、駆け出し的な態度をやめるのに苦労する人もいます。訳文という商品を営業マンとして売り込むには、それだと厳しい。謙遜するのはいいけど、自分の商品に自信がないような態度は駄目です。飲食店はみな「美味しいですよ」と言って売っているじゃないですか。「美味しいかどうかわかんないですけど」なんて言ったら誰も来ないですよね。昨日始めた人だって、3年やっている人だって、それは同じなんです。
佐藤  お店開いたからにはね。
夏目  お店開くと、いろいろなこと言われるから、真面目な人には辛い仕事かもしれないですけど。
佐藤  すごく真面目な人にはね。でも真面目じゃないとできないし。
夏目  勇気を持つしかないですね。「何言われるかわからない」という覚悟が必要です。本当にね、いろいろなこと言われます。「下手です」とかね。Amazonのレビューで「翻訳が下手です」って……!(笑)。全然発想の違う人から「こいつは辞書引いてない」と書かれるわけです。「辞書にこう書いてあるのに、そのとおり訳してない」って……。そんなの見ると、私なんか『草の根分けても探し出して……』という気持ちになりますけど(笑)。
佐藤  そうして鍛えられた夏目チルドレンが続々デビューしているわけですが。
夏目  みんな高い評価を得ているので、一応信頼できるブランドになってきているかな、と。
佐藤  わざわざご自分のライバルをつくっているとも言えますよね。特に翻訳家は、本当に身を切るようなことになりかねないのに。
夏目  でもね。傲慢なようだけど、逆にライバルが少なすぎると思います。まともな同業者が少ないと、まともな商売とみなしてもらえないんですよ。自動車に例えるとね、まともに走る車が少なかったら、誰も車なんて買わないでしょう? 100種類のうち1種類しかまともな車がないのでは、車というマーケットがなくなってしまう。それと一緒なんですね。だったら、もうちょっと選択の余地があったほうがいいかなと思うし、ほんと、もっとライバルが増えてほしい。

 

インタビューを終えて
 最近、さまざまな出版社の方と新しい企画についてお話する機会が増え、そのたび翻訳出版の現状に驚いたり頷いたりしているのですが、『ちょっと待てよ、それって、夏目さんが10年前に言っていたことじゃない?』と思うことが多々あります。時代が彼に追いついてきたという感じでしょうか。ますますのご活躍、楽しみにしています。
佐藤千賀子
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