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第12回 梅田 智世さん「理系と文系の交差するところ
 

翻訳家・梅田 智世(うめだ ちせい)さん

主な訳書に『ビジュアル世界大地図』(日東書院)、『恐竜〜驚きの世界〜』(ネコ・パブリッシング)、『イースト・アングリアへ―わたしは自然に救われた』(リチャード・メイビー著/ヴィレッジブックス)など。 共訳書に『最強動物をさがせ』シリーズ(ゆまに書房)、『なんでもきいて! まるごとビジュアル大百科』(日東書院)など。

 

 




 科学図鑑は、知的好奇心を満たしてくれる書物であると同時に、ページをめくるだけで「なんだか楽しい」エンターテイメントでもあってほしいもの。いわば「理系の知識」と「文系の感性」を備えた翻訳家が本領を発揮するカテゴリーです。梅田さんはまさにそんな翻訳家の1人。ご自身、子どもの頃は恐竜図鑑がお気に入りだったとか…。

■インタビュー:佐藤千賀子(さとう ちかこ) ■テキスト:川上 洋子(かわかみ ようこ)

 


 その他のインタビュー

 

 インタビュー

佐藤  訳書のタイトルを見ると、“自然”とか“動物”に関係するものが多いという印象を受けますね。
梅田  なんとなく生物系が多いですね。
佐藤  そもそも理系のバックグラウンドをお持ちでいながら、翻訳のプロとなったきっかけは何だったのでしょう?
梅田  もちろん「小説を読むのが好きだった」ということはありますけど、いちばん大きかったのは、ちょうど就職氷河期で、生物学を生かせる就職ができそうになかったことですね。「それなら、やりたいことをやろうかな」と思って、大学4年のとき翻訳学校のフリーランスコースに通ったんです。その後、純文系を目指して亀井よし子先生のゼミに進みました。
佐藤  これは亀井先生から直接お聞きしたことですが、理系のことがからきし苦手な亀井先生は、授業中、その種の話が出てくると、いつも梅田さんに聞いていたそうです。きちんと説明してくれるし、調べるべきことはきちんと調べてくれるから、本当に頼りになる存在だ、とおっしゃっていました。弊社も、科学的な記述の多い図鑑の翻訳で、梅田さんにたびたびお世話になっています。『最強動物をさがせ』シリーズ(ゆまに書房)では、亀井ゼミのお仲間である山北めぐみさんとタッグを組んでいただいて。
梅田  『恐竜』『太古の猛獣』『小さな生きもの』『ハンター』と4巻あるのですが、1冊まるごと1人で訳したものと、1冊を前半・後半に分けて2人でやったものとあります。締め切りの都合に合わせて分担した感じです。互いの訳文を相互チェックしたので、私にとっては、山北さんの訳を読めたことがすごく勉強になりました。
佐藤  そのあと、『なんでもきいて! まるごとビジュアル大百科』(日東書院)は、計7人の方に翻訳していただいたのですが、梅田さんが理系の項目のリーダー、山北さんが文系の項目のリーダーとなって、訳文の統一を図ってくれたんですよね。何人もの訳文をまとめるのは、自分で翻訳するより大変だったのではないかと思うのですが。
梅田  「こういう感じの文体で」と、ある程度は打ち合わせていたので、それほど大幅に文体が違うということはなかったのですが、やはり訳者によってそれぞれ癖があるんです。「読みにくい」と思うとき、それは本当に読みにくい文なのか、それとも自分の感覚に合わないだけなのか、という判断がなかなか難しいんですね。
佐藤  「子ども向けの表現」と一口に言っても、人それぞれの感覚がありますしね。ただ易しくすればよいというものではないですし。
梅田  もともと子どものために書かれた文章ですから、そこはことさら意識しなかった気がします。それより、スペースが決まっているので、あまり長くならないように文字数を気にしていた記憶があります。
梅田  子ども向けに広く浅くという感じの百科事典なので、専門的な内容ではないのですが、実は原書の間違いが結構多かったんです。数字などは、普通だったら原文を信じて訳せばいいんですけど、逐一「ほんとかなぁ」と疑いながら訳していました。
佐藤  そう、原書の記述が間違っていること、実は珍しくないんですよね。原文を読んで、「あ、これ違う」ってひらめくものですか?
梅田  なんとなくつじつまが合わない…とか、そういう間違いが平気でありました。でも、内容自体は面白い本です。レイアウトもすごく楽しい。
佐藤  全編1人で訳していただいた『ビジュアル世界大地図』(日東書院)は、80以上のテーマを世界地図と数字で見せるというユニークな図鑑です。これまた、原書のミスが多い本だったのですが、監修の方が「(梅田さんの)訳文に助けられた」とおっしゃっていたそうですよ。訳文の完成度もさることながら、梅田さんは、よく調べて、訳注をきちんとつけてくださるのが本当にありがたいんです。
佐藤  こういう日本にないタイプの図鑑を見つけて、出版社に持ち込むことも、今、考えているんです。書店に行くと、図鑑は“図体”が大きいせいもあるのでしょうけど、比較的広いスペースを使っていますよね。児童書の棚がある本屋さんだと、図鑑も優遇されているように感じるので。
梅田  大人向けの図鑑も結構出ていますね。
佐藤  今はなんでもウェブで調べられるのに…と思いますけど、やはり「図鑑で見たい」という需要はあるんですね。
梅田  本の図鑑は、ワクワク感があるんでしょうね。
佐藤  今後も梅田さんにはこうした博物学系の出版翻訳でお世話になると思いますが、ご自身の次の目標は、やはり純文学作品…という感じでしょうか?
梅田  自分が「面白い」と思った作品を1冊訳せたらいいなと思いますが、なかなか難しいですね。私の好みと今の社会の好みが、まったくずれているみたいです。最近、1つ持ち込みをしたのですが、「重くて暗いのはだめ」みたいな反応でした。今は、先が明るく見えるような話が求められていて、さらっと軽く読める本がいいみたいです。でも私、重くて暗い小説がすごく好きなので。
佐藤  わかります。そういう気持ちになるために読むということ、ありますよね。なのに、どちらを向いても軽い本ばかりだから、みんな買ってくれなくなるんじゃないの? とも思いますけど。
梅田  “小説好き”はかえって離れていく気がするんですよね。
佐藤  梅田さんは実務翻訳でも生計を立てられてしまうだけに、そのいっぽうで文芸翻訳に対する意欲を持ち続けるのは大変エネルギーがいることだと思うんです。人間て、とりあえずコンスタントに来る仕事のほうへ、流されがちじゃないですか。
梅田  流され…ますねえ。でも、同業の方とお話しすると刺激を受けますし、そもそも本を読むことが楽しいので、原書でも、翻訳されたものでも、面白い本を読むと、「こういう作品を訳したいな」という気持ちになるんです。山北さんとは本の好みが似ているので、「角田光代さんの『笹の舟で海をわたる』、すごく面白かったね」なんて、時々情報交換しています。

インタビューを終えて
 梅田さんの恩師の亀井よし子さんは、“下訳を使わない主義”の翻訳家です。理由は「すべて原文と突き合わせずにはいられない性分なので、かえってフラストレーションがたまる」から。とは言うものの、納期と分量の関係で、どうしても翻訳協力が必要な作品も過去にはありました。そんな“いざ”というとき頼りになるのが、確かな語学力と調査力を持つ梅田さんだそうです。私も、ミスのない原稿をいただくたび、「亀井先生の薫陶をしっかり受けているなあ」と感じております。
佐藤千賀子