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第1回 松村 哲哉さん「的確な表現を支える緻密なリサーチ」
 


三越百貨店を早期退職し、
フリーの翻訳者に。
ビジネス書を中心に、すでに7冊の訳書を持つ。(2008年7月当事)


コア利益調整で隠れた
“お宝株”を見つけ出す!!

マイケル・C・トムセット 著
小澤善哉 監訳 松村哲哉 訳
株式会社ローカス 発行


弊社が翻訳・編集・制作を担当したファイナンス本――『コア利益調整で隠れた“お宝株”を見つけ出す!!』(ローカス刊)は、内容・スケジュールを含め、かなり厳しい条件下での仕事でした。信頼できる翻訳者にお願いできなかったら、どうなっていたことか……。短い納期で質の高い原稿を仕上げてくださった松村哲哉さんをお迎えし、翻訳のウラ話などを語っていただきました。
■インタビュアー:佐藤千賀子(さとう ちかこ)

 


 その他のインタビュー

 

 のだめ現象、その先に期待!

佐藤  にぎやかなタイトルですねえ。3行に渡って、色も変えて。
松村  最近はこういう長い書名が多いですね。でも、中身はいたって堅実な本なんですよ。
「目先の株価の変動に惑わされず、企業の業績をきっちり見ようよ」、つまり「基礎中の基礎にもう一回戻ろうよ」という趣旨なので。
佐藤 「コア利益」とか「ファンダメンタルズ分析」とか、投資に縁遠い私には聞き慣れない言葉が並んでいますが、松村さんは経済学部ご出身でしたよね?
松村  専攻は国際経済でしたから、貿易構造などの話が中心で、株式市場は専門外ですね。この本を訳すことになってから、関連図書を6~7冊読みました。ただし関連本に出ている用語でも、その訳者だけが使っているケースも少なくないので、Googleでどれだけヒットするか検索したり、証券会社に勤めていた知人に「こういう言葉使う?」と聞いたり、いろいろな方法で確認しました。
佐藤  その後、公認会計士の方が監訳されたんですよね。直しはとても少なかったと編集者から聞いています。私のように専門知識がなくて、早い話、投資にそれほど関心ない者にもすらすら読ませる、いい日本語だと思いました。
松村  証券業界の方ではなく一般投資家に向けた本ですから、あまり業界用語は使わないようにしました。ただ、わかりやすく書く一方で、あまり噛み砕いてしまうと、読者の方が「そんなことわかってるよ」と白けてしまうので、この手の実用書ではその兼ね合いが難しいですね。
佐藤  的確な表現をするためのリサーチに手のかかる本ということですが、スケジュールもきつかったとか。
松村  250ページ超を2カ月ちょっとで訳し、見直しを含め3カ月弱で仕上げました。この納期だと、関連本をじっくり読んでから訳に取りかかるという余裕はないので、訳しながら関連本を読み、途中で気づいた間違いは遡って検索で直すという……。ひとつ誤算だったのは、本の終盤にIBMやP&Gなど実在する企業のウェブサイトを検証する章がありまして、一見文章が少ないので、そこまで行けば楽かなと思っていたんですよ。ところがどっこい。原書が出た後2、3年経っているから、サイトのほうが進化しているわけです。例えば本書で「この企業は肝心なこのデータを示していない」と指摘している点がちゃんと改善されていたら、その文章をカットしたり、訳注をつけたりしなければならない。さらに「PDFが開いたら、P.40の注記10を参照する」などと具体的な手順を説明しているんですが、現行サイトでは注記の位置が変わっていたりするんです。「ああ、ここにあったか」と探し出しては、読者がちゃんとたどり着けるように数字を書き直す……そんな確認作業が結構大変でした。
佐藤  要するに翻訳だけでなく改訂の作業もされたんですか。本当に翻訳者の仕事って、読者には思いもかけないようなことがたくさんありますよね。でも、こうして1冊1冊が実績になっていくわけですから、ビジネス書を軸に守備範囲を広げていかれるといいですね。
松村  幸い27年間勤めていたおかげで、業種が違っても現場の感覚は何となくわかりますので、大学出たての方や専業主婦の方よりは若干有利かもしれません。百貨店での経験を生かして、顧客サービス関係のビジネス書など訳せたらいいなと思います。
佐藤  でも、本当に訳したいジャンルが、もうひとつ、おありなんですよね?
松村  はい。死ぬほど好きなクラシック音楽の本を……。この話、始めると、止まらなくなりますけど、いいですか?
佐藤  松村さんは今はビジネスものが中心ですけれど、本命は音楽なんですよね。
松村  なにしろクラシック音楽が好きなので、その関係の書籍を訳せたらと画策しております。バッハとフリードリヒ大王の出会いを描いたノンフィクションなど何冊か、3つの出版社に提案したんですが、「マニアックすぎる」ということで、いまだ実現に至らずという状態です。
佐藤  テーマがマニアックすぎて、需要が少ない?
松村  ええ。でも、バッハとフリードリヒ大王に関する本はタイム誌の書評に載ったものですし、Googleで書名を検索するとたくさん出てきますから、米国、英国ではかなり話題になったはずなんです。クラシックというと、ドイツやイタリアを連想する方が多いんですが、実はイギリス人がめちゃくちゃクラシック好きなんですね。明治になって洋楽が入ってきた日本と違って、歴史が長いぶん突っ込んだ興味を持つ人が桁違いに多いので、面白い音楽書がたくさん英語で書かれているんです。残念ながら、そのほとんどが日本語に訳されていないわけで。
佐藤  日本でも、クラシック音楽自体は盛り上がっているようなんですけどねえ。
松村  確かに『のだめカンタービレ』の効果で裾野が広がり、有名な曲を聴いてみようという人は増えました。春に東京国際フォーラムで開かれた『ラ・フォル・ジュルネ』という音楽祭はゴールデンウィークの5日間で延べ100万人集めたそうです。それと、欧米のクラシック市場が頭打ちになっているせいか、向こうのレコード会社も日本市場に目をつけているんですね。中堅どころのヨーロッパ・レーベルが大挙して日本へプロモーションに来たり、そういう動きはいろいろあるんです。曲を聴けば作曲家について知りたくなるので、今がチャンスだとは思います。
佐藤  漫画とドラマの一時的なブームだけではない広がりを感じますよね。
松村  そもそも音楽って基本的に歌――つまり歌詞のある曲ですよね。民謡がそうだし、クラシックも元々はオペラがメインです。日本のオリコンで歌のない楽曲が1位を取ったのは、たぶん『リゲイン』のCMで使われた坂本龍一さんの曲ぐらい。それほど音楽市場の中心は歌なんです。歌詞があるほうが飽きませんから。しかし、偉大なるバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンなどの器楽曲は、歌詞がないのに100回以上聴いても飽きない。それは、旋律以外の魅力があるからです。主旋律以外の対旋律、転調、和声、形式、音色など挙げればきりがありませんが、それを堪能するためには、ある程度の知識を持つことが有効なんですね。『のだめ』から入った人たちが入門編にとどまらず、もう一段先に進んでくれると、音楽書のニーズが猛然と増えるはずなんですけれど。
佐藤  時代が変わり、出版の考え方も変わってきていますから、「これ」と思う書籍は、改めてシノプシスや試訳を作って、出版社へ持ち込むべきだと思いますよ。これだけ音楽を熱く語る方が訳すのですから、さぞかし素晴らしい本になるでしょうし。
松村  私もクラシック歴が長いものですから、いよいよマニアックな弦楽四重奏の世界に入っちゃいまして、このジャンルでもすごく面白い本があるんです。でも、弦楽四重奏のコアなファンは東京でせいぜい200人、なんて言われるくらいで、とにかく市場は小さい。本を出しても「全国で500部売れたらいいほうだろうな」と思う半面、「それ読みたい人は死ぬほど読みたいだろうなあ」とも思うんですよ。
佐藤  このページをご覧くださった編集者の方で、音楽書にちょっとでも関心のある方がいらっしゃれば……。
松村  すぐ売り込みにいきますので、よろしくお願いします。

 

インタビューを終えて
私事になりますが、松村さんと初めてお会いしたとき、私はある翻訳専門学校で受講生の方にガイダンスをする立場にありました。当時第二の人生を翻訳に賭けるべく早期退職されてきた松村さんに、「どんな学習法がいい」、「どんな先生につくといい」など、ずいぶん偉そうなアドバイスをした思い出があります。あれから3年半、晴れて出版翻訳のプロとなった松村さんですが、音楽書への夢を語る熱い口調は少しも変わっていませんでした。
音楽書の翻訳企画に関心がある方は、ぜひこちらへご連絡ください。
佐藤千賀子
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